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『たまに一言 #253』
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#253 鈴鹿の山峡集落、「大杉」にて(滋賀県多賀町)
「ほんまに 寂しかったわ・・」
集落を流れる大杉川。透明な水が大変美しい 一昨年の秋、多賀町(滋賀県犬上郡)の山間部集落「大杉」に聴き取り調査に出かけた。 数年前からご縁あって「多賀町史編纂を考える委員会」に参加させていただいているのだが、その一員として滋賀県立大学の学生さんたちと一緒に聴き取り調査をしたのである。その時の様子は「多賀町史編纂を考える委員会」ブログで簡単に報告しているので、関心のある方はご覧になっていただければと思う。そして冒頭の「ほんまに 寂しかった」という言葉は、その「大杉」集落の聴き取り調査の後日、同集落を再訪した時に、うかがったものだ。
聴き取り調査から数日後、小雨まじりだった調査当日にはかなわなかった紅葉を撮影すべく、「大杉」を再訪した。夕暮れ前の、日差しが大変美しい時間帯での訪問だ。柔らかな光の中で見る紅葉の「大杉」は、薄暗かった前回とは随分と印象が違い、爽やか。光によって風景の印象が変わるのはどこも同じだが、山深い里の場合はそれが特に強い。そんな絶好の撮影日和の中、大杉川沿の斜面に並ぶ家屋に見とれながら撮影していると、川沿いに、ゴミ袋を持って犬の散歩をされるご婦人の姿が見えた。ちょうど聴き取り調査の時に色々なお話をうかがった方だ。とても丁寧に受け答えされていたのが印象的だったその方も、こちらのことを覚えてくれていたようで、挨拶とお礼を交わした後、川沿いを歩きながら少しお話をうかがう。それにともない、人懐っこい仔犬も、いつもよりスローテンポな散歩にペースを合わせてくれる。
「川の水がきれいですね」と、水量は少ないが澄んだ流れの川に目をやりながら声をかける。すると少し間をおいて「ううん」と意外な返事。そして「変わってしまったんですよ」と寂しそうな表情。自分からすれば、小さいながらも水の美しい川なのだが、長年そこに暮らしてこられた方からすると、そうではないようだ。そして遠い日の思い出が、少しずつ語られる。
「ほら、あんなにね タイル(コンクリート)じゃなかったんですよ。」 今では、集落周辺の川底の大半がコンクリートで固められている大杉川も、以前はそんなことはなく、人の手が最少限にしか入っていない自然豊かな川だった。水量も多く、それなりの水深もあった。川底の砂にはたくさんの川虫が棲み、それを主食とするイワナも多く生息していた。もちろん天然だ。そして放流されたアマゴの生き残りがそれに混じり、集落の中を流れる川であってもずいぶんと魚影が濃かった。イワナなどの魚獲りはもっぱら男の子の遊びで、獲った魚は、その日の夕食のおかずとなる。子ども達の魚を獲った喜びと自慢話で、食卓はさぞかしにぎやかだったことだろう。それにしても、目の前の川で獲ったばかりのイワナが食卓に並ぶなんて、今の時代からすると夢のような話だ。しかし、ここ大杉ではそれがごく普通の家庭での風景だったのである。
ところがある時、釣り関係の本で大杉川の魚影の濃さの様子が紹介された。すると都市部から多くの人たちが押し寄せ、無垢な清流のイワナはあっという間に釣り上げられ、その大半が姿を消すこととなった。さらに川底はコンクリートで固められて川虫が生息できなくなり、それとともに、それらを主食としていた魚も姿を消す。彼らにとって、もはやそこは生きていけない場所となってしまったのである。今、その川底を見ると、不自然な感じのコンクリートばかりが目立ち、魚影はほとんど見えない。防災や治水を目的にされているものであろうが、やはり自然の中の山里の風景とは、異質な感じがする。
さらに川の話は続く。「小さい頃はね、よく川で遊んでね」というように、女の子も川遊びをよくしたという。透明な水の川の中を裸足で歩いたり、石から石に飛び移ったり、泳いだりなどなど、集落の中の清流「大杉川」は、男女とも子どもたちの格好の遊びの場であったのだ。そんな中で、婦人にとって思い出深い光景があるという。それは村の女たちが反物を川に流しながら洗う風景だ。少し記憶が曖昧で申し訳ないのだが、着なくなった着物をほどいて新たに反物にし、それを川の流れを利用しながら洗う、そういった感じの内容だったと思う。そういえば私が幼い頃、近くの川で、反物を川の流れに乗せて洗っているような光景を見た記憶がある。兵庫県西宮市の夙川の支流であったが、その辺りは今ではすっかり町になってしまい、当時の面影などまるで残されてはいない。人口の密集する街中ということを考えると、当然であり仕方ないことであるが、それはもう悲しくなるほどである。しかしここ「大杉」では、昔日のそういった光景をイメージすることはそう難しくはない。その思い出を語る婦人の脳裏にも、きっと今の景色に重ねて、当時の情景がくっきりと浮かんでいたことだろう。
生活の場でも、川は多大なる役割を担っていた。「なんでも川で洗ってましたよ」というように、飲料水は山からの水であったが、野菜をはじめ、生活の中のものほとんどすべてが川で洗われていた。そのため川へ降りる石段がいくつもあった。ただ、そのほとんどが伊勢湾台風(昭和34年)の時に流されてしまい、今も昔のまま残る石段はごくわずかとなっている。そういえば山歩きなどで訪れる川沿いの集落では、ほぼ100%こういった川へ降りる石段を見ることができる。そして村の人が帰ってこられた時などには、ごく普通に当時のままに石段で川に降り、洗い物をする光景などに出合える。そういった風景に出くわした時などは、思わずタイムスリップしたような感覚になり、その自然さが訴えかけてくる風景は、まさに珠玉の光景といえるものであった。全ての家屋が倒壊し、人が住まなくなって何十年過ぎていたとしても、そこに残された川へと続く石段は長い年月を超え、当時の生活を今も語ってくれる。
大杉川を眺めながら川の昔話を聞く、それが途切れ少しの静寂、そして今の川底に気持ちが戻った時に出てきたのが、冒頭の「ほんまに、寂しかったわ・・」ということばだった。砂の川底がコンクリートで固められた時、当時の婦人にとっては、何か大切なものが二度と戻らないものとなってしまった、そんな感じだったのではないだろうか。その表現しようのない寂しさと切なさが、その短かな一言の中に込められている、そんな気がする。
そんな話をうかがいながら川沿いの道を婦人と歩いていると、斜面に坂道と、その先にある立派なイチョウの木、そしてどこかモダンな感じのする古びた建物が見えてきた。集落の他所とは違った空気を感じる空間だ。ここはかつて医院だったところで、周辺集落に病院がなかったため、他の集落の人たちも、何かあった時にはよくここにかけつけたという。
こんな話もうかがった。今では、ほんのわずかに庭先で小さな畑が営まれる程度のこの地も、かつては、その南側の斜面を使って茶畑などが営まれていた。元来、炭焼きで生計をたててきた村であったが、そういった畑作も行われていたのである。また自然豊富なこの地、山ではミョウガやウドをはじめとした多くの山菜が採れ、それらは塩漬けにされて冬の保存食となっていた。山で自然薯を掘るのは男たちの楽しみの一つであったという。しかし残念ながら、それらの風景のいずれもが今では見ることのできない「大杉」の風景となっており、ただ昔話として語られるだけである。そして、そうなってしまった背景には、山や川の環境の大きな変化や鹿・猿などの獣害、若い人たちの流出や人口の減少などがあり、何よりその根本には、山で生活できなくなった日本社会の変容がある。 「大杉」だけではなく、全国には同じような運命をたどってきた深山の集落が無数に存在し、人の生活が消えてしまって久しい村も数知れない。今も残る灯を点し続けるのか、消してしまうのか、それは当人たちではどうしようもないことであり、大きな社会問題となって半世紀以上が過ぎてなお、未だ解決策無きまま拡大している。
畑があった頃は、それを手入れするために人々も外に出る。そして、そこで井戸端会議が始まり、人々の交流が生まれた。しかし今では、日中に外に出ることがなくなり、村の人たちどうしの会話の場も少なくなってしまっているという。冒頭の「寂しかったわ」以外にも、婦人とのお話の中で「寂しくなってしまった」ということばは何度も出てきた。たどって来た変容と今の山村集落の現状と重なって出てきたであろうこのことば、そこから何を見ようとするのか、単に「昔は良かったのになー」的なことと解釈してしまっては、あまりに浅い。振り返ることで、これからの未来を見ようとしていく、そのことが大事なことと感じてならない。
歩きながらも、視界に入ってくる美しい紅葉の風景。「紅葉を見に行かんでも、ここで見れるよ」ということばのとおり、ここ「大杉」には素晴らしい紅葉風景が広がっている。こういった美しい山里の風景をいつまでも残せるような国、そんな日本を取りもどせないのだろうか、など思いながら歩く。すると、足元をついてくる仔犬に足が当たってしまった。アッと思ってそちらに目をやったが、仔犬はそんなことなどまるで気にせず、愛らしく尻尾を振ってこちらを見ている。「人懐っこくて可愛いいですね」と言うと、「この犬、なんの役にもたてへんの」とニコニコと返す婦人。人に吠えない温厚な犬は、どうやら番犬には向かないらしい。でも、その婦人の笑顔からは、「何より、癒されてますよ」という思いと、温かい愛情が感じられた。そしてそれが、秋の日の柔らかい日差しと紅葉の大杉の風景の中で、とても心地よく感じられた。
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