林道赤谷線


〜白山麓の‘出作り’の郷を走る林道〜


林道赤谷線（石川県白山市・旧白峰村）
訪問日：２００６年８月

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林道の全体マップ。山深い白山麓の地。福井県の県境に向かって延びる林道だ。県境近くは地形図にも載っていないため表記は曖昧である。


私はよく古地図を見る。古地図といっても江戸時代や明治時代などといった大層な古地図ではなく、いわゆる１５〜２５年ほど前の単なる「ちょっとふるいちず」のことだ。現代の地図とそれらを見比べていると、古地図では集落の印がついていても今はもうそれが無いということがよくある。よくあるというか、そういった所ばかり探しているから目につくだけなのだが・・。そして私がよく見る地図の場合、そのように集落跡の消えている所は、たいてい昭和３０〜４０年代あたりで廃村になっている所と考えて間違いない。
今回訪れた石川県白山市の『林道赤谷線』は、石川県の「ふるいちず」で見つけた『赤谷（あかだん）』という集落の印が気になって訪れた時に通った林道である。もちろん今の地図にはそこにはもう集落の印は無い。場所は石川県白山市、もう少しで福井県という、県境のすぐ手前の山深い地だ。地図を眺めて「とにかくもう行ってみるしかない」と思ったのが、夏のある暑い日。そして気がついたら、その翌日には地図を片手に手取川沿いの快走路を走っている自分がいた。

２００６年８月撮影
県境の谷トンネルを石川県側から見たところ。トンネルの横にはお地蔵様がある。この辺りではけっこう有名な地蔵様のようだ。

２００６年８月撮影
私の場合、このトンネルを越える時はほとんど雨に見舞われている。この日も天候は良くなく雨が降ったりやんだりの状態であった。


平成の市町村合併で全国各地にやたらでかい市が誕生しているが、この白山市もその例に漏れずやたらでかい。石川県白山市は、平成１７年２月１日に松任市、鶴来町、美川町、河内村、吉野谷村、鳥越村、尾口村、白峰村の８市町村が合併して誕生しており、そのうち５つが「村」である。それだけみても山間部の占める割合の大きさがわかるというものだ。そしてその山間部の手取川沿いに南北に走る道がＲ１５７で、石川県（白山市）と福井県（勝山市）を結ぶ、地域の大変重要な幹線道となっている。私はこの道がけっこう好きで、年に何度か通る。道が快適で車も少なく、ついついスピードを出しがちであるが、休みの日などそれなりに行楽やドライブなどの利用客も多い。

２００６年８月撮影
満々と水を湛える手取ダム。この日は風も無く湖面は実に静かだった。

２００６年８月撮影
ダム湖の対岸へ渡る橋。ずいぶんと立派な橋だが渡る人は誰もいない。


２００６年８月撮影
周囲の山が湖面に映る。あまりに静かな風景で寂しさを感じてしまう。この下に、かつては多くの家屋が手取川に沿って立ち並んでいたことだろう。

２００６年８月撮影
この日は、ねむの木の花がとても美しく咲いていた。ピンクの花が緑の湖面と対比して映えている。


そのＲ１５７を南（福井県側）に向かって走ってゆくと、やがて左手に大きな手取川ダムが見えてくる。南北に細長く横たわるダム湖は、今でこそ満々と緑の水を湛えているのだが、ダムが建設される前はたびたび洪水などを起こして流域住民を大いに苦しめていたという。特に昭和９年に起こった大洪水では１００名以上の死者不明者を出している。日頃は多くの恵みを与えてくれる「命の川」であるが、ひとたび暴れだすと手がつけられない「恐ろしい川」に変ぼうする、という感じだったのだろうか。


この手取川ダムは昭和４９年に着工し昭和５５年に完成している。その際に旧尾口村では４集落（鴇ヶ谷、深瀬、釜谷、五味島）が水没。旧白峰村では１集落（桑島）が水没し、それにともなって１集落（下田原）が廃村となっている。なお現在の『桑島』は水没の旧桑島の代替地として、２４０戸の内の６０戸が上流に移り住んだものである。また現在の手取川左岸の高台にある『深瀬』は、８割が鶴来に移転して、その残った世帯が新たに形成した集落である。

２００６年８月撮影
『深瀬』集落の入り口。右手には神社がある。この日も村の方が来られていた。こういった古くからの集落では、神社や寺は今も村に住む人の拠り所として、また人々の心をまとめる意味で非常に重要な存在なのだろう。

２００６年８月撮影
水没する故郷の地を遠く離れ便利な所へ移転するという選択肢もあったが、ここに住む人たちは不便でも故郷に近い所への移転を選んだ。自分ならどうすのだろう・・など考えてしまう。


『赤谷』へ訪れる途中にこの『深瀬』を訪ねてみたのだが、やはり戸数は少なく、こういう状況の中で集落を維持していくことの難しさを感じる。おそらく移転時よりかなり世帯数は減っているのだろう。故郷がダムに沈む。それを機会に便利な都市部に移り住むことを選択するのか、より故郷に近い所に代替地を設けそこに住むことを選択するのか、故郷を愛する者にとっては極めて難しい選択ではないか。集落は、単独ではなく近隣の集落と関係を保ちながら維持されているものだ。それが他の集落と遠く離れ、しかも少ない世帯数で集落を維持することは、現代社会において極めて難しいと考えて間違いない。故郷に近い代替地といっても、今までどおりの生活ができるわけではないのである。となると故郷への思いは断ち切るしかなくなってしまう。
この手取川ダム。水没集落の住民が故郷を失うことと引きかえに、多くの人が洪水の恐怖から解放されることになった。治水という面から見ると、このダムの恩恵は本当にはかり知れないものなのだろう。しかしその一方で故郷を失った人たちがいる、ということも決して忘れてはならない。

２００６年８月撮影
福井県側に向かって赤谷大橋の手前に石碑があり、そこが林道の起点となる。

２００６年８月撮影
特に林道名を標示する看板はなかったように思う。舗装路はすぐに未舗装へと変わり林道はスタートする。


さて話を戻そう。
古い地図上で集落と思われる印のあるこの『赤谷』であるが、白山市の南端、福井県境に近い旧白峰村の山間部を流れる赤谷川沿いにあったと思われる。そこに向かう川沿いの道が、今回紹介する『林道赤谷線』だ。この林道へのアプローチは難しくない。手取川ダムにかかる赤谷橋の手前に大きな石碑があり、林道赤谷線の起点のわかりやすい目印となっているからだ。それを見つけ早速入ってみる。
いきなりダートである。道幅は十分でけっこう踏み固められているところをみると、車は頻繁に通っているようだ。土の路面に雑草も無い。かなりの車の利用があるように思われる。起点辺りでは深かった谷であるが、すぐに間近となるので走る上での緊張感はやわらぐ。川幅も広くなく水量もそれほど多くはないが、水は透明で美しい。水は透明なのだが、川底の石は赤っぽい茶色である。鉄分を含んでいるのだろうか。赤谷という名がついているのもそのせいかもしれない。

２００６年８月撮影
出だしこそ谷は深いが、すぐに浅くなり気持ち的にはホッとする感じがする。

２００６年８月撮影
豊かな水量の清流という感じではないが、水はきれいで自然を感じさせてくれる。


２００６年８月撮影
左手に川を見ながら林道は進んでゆく。道幅は十分で非常に走りやすい路面状況だ。

２００６年８月撮影
川は石がゴロゴロで赤っぽい。それで赤谷なのだろう。河原へ降りたかったが時間的余裕がなく今回はできず。


２００６年８月撮影
プラドはＳＵＶ車の中でも大きな方だが、この林道は余裕で受け入れてくれる。狭路を走るのも楽しいが、こうしてゆったりと走るのもまたいい。


日頃、滋賀県の狭い林道や山道を走ることが多いせいか、ここを走っているとやたら広々と開放感を感じる。ただ残念ながら「快適！」と声高く言うことはできない。なぜかといえば、夏の林道につきもののアブの襲来が激しいからだ。それも半端ではない。車を停めようとスピードをゆるめるや否や、大小様々なアブが大量に車の周りに集まってくる。そして車を降りる際のちょっとの隙をめがけて一斉に車に侵入しようとするのだ。いくら注意してすぐにドアを閉めても、間違いなく５〜６匹は入ってくる。「殺虫剤を持ってくればよかった」などと後悔してももう遅い。その後しばらくは、車内では手ぬぐいを振り回してアブとの汗みどろの格闘が始まる。
そういえば昨年のちょうどこの頃も、石川県の廃村「奥池」を訪れようと山中深く入った。その時も激しいアブの襲来を受けた。ついうっかり車のドアが少し開いたままにして写真撮影して車に戻った時に見た光景、これは今でも忘れない。本当に我が目、我が耳を疑った。車の中から何十という羽音が「ブーン、ブーン」と響くように聞こえ、中を見るとアブの群れが黒い塊となって車の中を飛び回っている・・。その後はもう思い出したくないので書かないことにするが・・・。とにかくこの時期のアブの襲来はすさまじいものがあるのだ。


２００６年８月撮影
これはサイズの小さいほうのアブだ。正式名はわからない。これとは別に、一見スズメバチと間違えてしまいそうな巨大アブも襲来する。よく見ると美しいのだが、襲われた時はそんな余裕などない。


２００６年８月撮影
ご覧のように明るい開放的な雰囲気が続く。川の流れが聴けるというのも嬉しい。アブの襲来さえなければ・・。

２００６年８月撮影
このような堰がいくつかあった。それぞれに魚道が設けられているのも嬉しい。


２００６年８月撮影
堰の上流部の溜まりの風景。水の色からするとそこそこの深さはあるようだが、決して広いという印象はない。

２００６年８月撮影
で、手前の浅瀬を見てみると大きな鯉が何匹も泳いでいるのが見えた。５０〜８０ｃｍくらいだろうか、堂々として見える。


さてこの林道、しばらくは赤谷川をすぐ左手に見ながら進んでいくことになる。ゆったりと、のんびりと車を進めるのが心地よい。途中小さな堰堤があったので、そこの溜りを覗いてみる。なぜか大きな鯉が浅瀬でうようよしている。のっこみの季節でもないのになぜなんだろう、など思ってみたが、そもそもこのような狭い川に鯉がいること自体、何か不思議な感じがする。大きなダム湖ならわかるのだが、そこは小さな溜まりなのに・・。まぁ考えないで、素直に鯉の様子をしばらく見ることにした。一時期、魚釣りに凝っていた頃を思い出す。


また途中には小屋のようなものが何軒かあった。もちろん人が住むといった感じではなく、作業のための休憩場兼物置といった感じだった。支線もいくつかあったが、今回は時間的余裕も無く訪れることはできず次回への持越しとする。
心地よい赤谷の風景を味わいながらゆっくりと走っていくうちに、地図上で集落の印がついている地点に着いた。起点から６ｋｍくらいの所だったと思う。そこは他と比べると平地の面積が広く、広々としている。いかにも集落があったという感じはするのだが、石段や石垣、建物の基礎などそれらしき残骸などは一切ない。きれいに整地されている。廃村であれば、建物はなくなっていても電柱が残っていたりするのであるが、その電柱も見当たらない。電気が通っていない村であればそれも納得であるのだが、なにか通常よく目にする集落跡と様子が違うのである。何ともモヤモヤした気分であるのだが、残念ながら、結局そこが『赤谷』という集落の跡であるという確証を得ることはできなかった。

２００６年８月撮影
このような作業小屋のようなものもいくつかある。けっこう人の気配が感じられる林道だ。

２００６年８月撮影
これは川の対岸に渡るための簡易な橋。ここにも人の気配が感じられる。けっこう出入りが多いのだろう。


２００６年８月撮影
ここが古地図で集落跡のついていたあたりだ。他と比べ広々とした感じがする。


２００６年８月撮影
道と川との間に広いスペースがあり、そこには植林がされている。通常ならば集落跡と確信するところなのだが・・。

２００６年８月撮影
きれいに整地され、石ころできれいに区分けされている。何のためなのかはわからない。まわりには、家屋の残骸らしき物や古びた電柱などは一切ない。


何か腑に落ちない気分であったのだが、前を見ると集落跡と思われる場所から林道はまだまだ奥へと続いている。一台の軽自動車が横を通り抜け、林道の奥へ走り去っていった。何か土木作業員風の服装をした運転手だったが、この先で工事でもしているのだろうか、など考える。それならば行ける所まで行ってみようと車を進ませることにした。途中、何軒か小屋や小さなキットハウスのようなものを見かける。かなり新しいものもある。どれもきれいに手入れされているところを見ると、今も頻繁に使われているように思われた。これらはやはりここに人が住んでいたことの名残りなのだろうか。また軽トラや軽自動車なども何台か道端に停められていた。けっこう人の気配を感じることができる、そんな感じがしばらく続く。

２００６年８月撮影
集落跡を過ぎると道は標高を上げ、登り坂となる。それでも道幅は十分で走りやすい。常に空が見えるというのは、気持ちも非常に開放的になりいいものだ。


起点からずっと赤谷川をすぐ横に見ながら走っていた林道であるが、集落跡らしき所を過ぎてしばらくするとその谷とも別れを告げ、どんどんと標高を上げて進んでいくことになる。またそれとともに景色も変わってゆく。景色の美しさもさることながら、私にとって何よりもありがたいのは、あのアブの数がぐんと減ったことである。
景色は谷の風景から山の風景へと変わっていった。途中何箇所かコンクリート舗装された所があるが、それもすぐに元の未舗装路へと変わわる。なおも標高を上げてゆく。見上げると万里の長城を思わせるようなガードが林道脇にずっと施されているのが見え、曲がりくねった林道のうねりとともに、それも曲がりくねりながら視界に入ってくる。そして見下ろすと眼下には幾重にも重なった山の景色が、遠くはかすんだ感じで見えてくる。

２００６年８月撮影
所々コンクリートで簡易舗装されているところがある。林道を走っているとけっこうこういう所がある。その部分だけ地盤が緩かったり崩れやすかったり、水の通り道だったり、いろいろな理由があるのだろう。こういう状態を何度か繰り返し、標高はどんどん上がってゆく。


２００６年８月撮影
このコンクリートブロックのガードはこの地域ではよく見かける。初めて見たのは確か山奥の一軒家の温泉宿「山��旅館（石川県：新岩間温泉）」へ行った時だ。そういえば滋賀県では見たことがないなぁ・・。


２００６年８月撮影
けっこう印象的な風景です。これが見えると峠に近づいたということです。


ふと前方を見ると、何かユラリユラリと飛んでいる。車から降りてみると、普段あまり見かけない蝶々が何匹も飛んでいた。飛び方に力がなく、弱々しくフラフラした感じで宙をさまよってるように見える。それでも非常に柄が美しいので写真におさめることにした。ちなみに帰宅後に図鑑で調べてみると、これはマダラチョウの仲間ということがわかった。この弱々しい飛び方もこのチョウの特徴らしい。そして驚いたのは、このチョウは、幼虫にも成虫にも毒があるということだ。成虫の毒というのはどういうものなのかはわからない。触れるだけで何か刺されたような痛みなどがあるのか、外敵に食べられた時に、腹痛などを起こしその効果を発揮するのか・・。幸いにもそれを確かめることはなかったのだが、とにかく毒があるのだそうだ。

２００６年８月撮影
アサギマダラ（マダラチョウ科）
この蝶、見た目はとても美しいが幼虫にも成虫にも毒があるそうです。毒のある植物を食べるので毒を持つようです。人間にもけっこう毒のある人は多いが、そういう人はきっと幼児期から毒を吸収していたのでしょう。
この蝶、ユラリユラリと力なく飛んでいますが、なんと１０００ｋｍ以上も移動するそうです。驚き・・


２００６年８月撮影
かなり標高が上がっているようである。１０００ｍ前後と言うところだろうか。さえぎるものは少ない。天気が良ければいいのだが、悪天候の時はその印象も一変するのだろう。

２００６年８月撮影
このあたりに来ると眼下にはこのような景色が広がります。時間があれば１時間でも２時間でも眺めていたいものだ。

眼下の景色を味わいながらゆっくりと車を進めてゆくと、やがて峠（らしきところ）に着いた。峠の風景は大好きである。二つの世界を結ぶ点、といえば大げさだが、何か違う新しい世界に踏み入るような何ともいえない雰囲気がある。だからこそ人々は峠に到達すると足を止めるのだろう。過去を振り返り、未来を見るような・・。
未舗装道路であればなおさら魅力は倍増だ。さらにここは道が二手に分岐しており、なかなか味わい深い良い雰囲気だった。
この峠（らしきところ）、手取川の林道起点からは大体１２ｋｍくらいである。道標は文字がほとんど消えかかっていて確認できなかったが、白木峠線と書かれているようである。帰宅後調べてみると白木峠というのは標高が１２５７ｍで、白山麓の諸地点を結ぶ道の中では一番標高が高いそうだ。また、隣の小松市の新保町と赤谷を結ぶ山道として古くからあったという。ここが白木峠かどうか曖昧なのであるが・・。
で、その分岐道であるが、二手に分かれている左手に進むと、程なくで工事現場に行き着くことになる。現在林道の延長工事中のようだ。先ほど見かけた車もここに停まっていた。やはり工事関係者の車両だったのだ。重機やダンプなどもそろっており、今後も延長工事が行われてゆくことだろう。また林道が硬く踏みしめられていたのもこういったことに理由があったようだ。
峠からもう一方の道を進んでみると、道は間もなくがけ崩れのために塞がれた状態になっていた。道自体はまだ先に続いているのだが、残念ながら先へいくことはできず、ここで引き返すことにした。しかしこちら側は、あまり車が通っているという雰囲気ではなかった。帰宅後に地形図で確認してみたが、いずれの道も地図には示されていなかった。後日、地元の方にうかがったところでは、林道赤谷線起点よりさらに福井県側に進んだところに『林道白木線』というのがあり、そことつながる予定であったが現在予定変更になったとかならないとか、だそうである。その『林道白木線』も走ってみたのだが、やはり途中で工事中のため通行止めとなっていた。

２００６年８月撮影
ここが白木峠だ・・と勝手に思いこんでいるが、そういえば峠の道標には「白木峠線」と書いてあるだけで白木峠とは書かれていない。その風景から勝手に峠と思いこんでいるが、ひょっとしたらここは峠ではないのかもしれない。地形図にも書かれておらず現在不明です。どなたがご存じの方がおられましたらご一報を。

２００６年８月撮影
道標には「○○峠線」と書かれている。上の二文字が消えてしまっているが、よく見ると「白木」と読める。

２００６年８月撮影
分岐の道の左を行くとご覧のように工事現場の事務所があり、この先は完全に工事中で通行不能となる。

２００６年８月撮影
右手に進むと土砂が崩れており完全に通行不能となる。道はまだ続いているのだが、この先が気になりつつも引き返すことにした。

約１２ｋｍのこの林道、その大部分が未舗装路でありながら道幅は十分で距離もある。硬く踏まれて走りやすい路面。景観も変化があり、走る者を飽きさせない。そして今後どう延びて、どうつながっていくのかも楽しみだ。非常に注目である。ただ心配なのは、このあたりの林道でもいくつかはそうなっていたのだが、チェーンやゲートで一般車両の進入が禁止となってしまうことである。理由はいろいろあるのだろうが、不法投棄などはもってのほか、訪れるものもマナーを守り、何とか今後そういう事態にならないことを祈りたいものだ。

２００６年８月撮影
これは後日「林道白木峠線」を訪れた時のもの。県境の手前を起点とする林道だ。「林道赤谷線」とつながる予定のものだったらしいが、今後どうなるのだろう。

とまあ、普通ならこれで林道レポートは終わるところであるのだが、今回はこれでは終わらない。腑に落ちなかった集落『赤谷』の存在である。帰宅後、地名辞典などを早速調べて見た。やはり正式な集落名としては存在していないようであった。しかし赤谷の項を見ると・・そこに出てきたのは‘出作り’ということば。
出作り・・出作り？・・出作り・・！！
・・！！思い出した！！確かだいぶ前になるが購入した本に・・ということで、その本を探し引きずり出して、ようやく『赤谷』のモヤモヤが晴れたのである。


白山麓やその周辺部では‘出作り’という山村生活の形態があり、中世の頃より広く行われてきた。それの発生には諸説あるようであるが、出作りについて簡単に言うとこういうことのようである。つまり本来の籍のある村（母村）を離れて山中深く入り、そこで居をかまえ、わずかばかりの平地に拓いた常畑、他に焼畑・養蚕・製炭などに従事して営む山村の生活形態、ということだ。これには冬期は母村に帰る季節出作りと、冬期にも母村に帰らず一年中山で生活する永久出作り（永住出作り）があったという。そしてこの白山麓にはこういった出作りが江戸末期にピークを迎え、昭和の初めの調査においても３００戸以上の出作り農家があったという。とてつもなく雪の降り積もるこの地方の山奥で一年間を過ごすことを想像してみてほしい。大雪、雪崩で道は閉ざされ孤立する。大雨時には山崩れ鉄砲水などの恐怖におびえる。平地と違い少ない日照時間、ヒエや粟を主食としながらやっとの自給自足。冬場に病人が出てもどうしようもない・・などなど、いかに想像したところで、その生活の厳しさは今の我々には絶対に理解できるものではないだろう。しかしそのような生活を何百年にもわたって続けてきた‘山の民’が白山麓には昭和の燃料革命の時代まで数多く存在したのである。話に聞くと、現在でもただ一人（季節）出作りを続けている方がおられるという。


そして今回訪れた『赤谷』も、まさにその出作りの地であった。『赤谷』の出作りの記録としては江戸中期より残っている、というところを見ると、その歴史は古い。そういえば今回目にしたいくつかの‘人の気配’も、ひょっとすると出作りの名残なのかもしれない。

２００６年８月撮影
旧白峰村の中心部にある‘石川県立白山ろく民俗資料館’には、実際の出作り農家から家屋が移築され、当時の様子が見事に再現されている。展示館にも出作りに関しての貴重な資料が展示されているので、興味のある方は是非ご覧を！
写真：「石川県立白山ろく民俗資料館」にてサイト管理人撮影


２００６年８月撮影
この写真だけを見ると、のどかな山村風景のように見えるかもしれない。しかし実際に山深き地のわずかな平地にへばりつくように人が住み、厳しい自然にさらされることを考えるとそんなイメージはわいてこない。大雪、雪崩で道は閉ざされ、大雨や山崩れの恐怖におびえ、ヒエや粟を主食としながらやっと自給自足ができる。病人が出てもどうしようもない。そんな生活なのである。
写真：「石川県立白山ろく民俗資料館」にてサイト管理人撮影


出作りは、母村を離れその山の地で生活をする。場所によってはいくつかの家屋が集まり小さな集落のような形態もなす。当然子どもたちも親についてそこで生活をしているので、明治時代になると学校（分校）も建てられるようになった。ただし子どもとはいえ、重要な働き手であったので通学する者は少なかったようである。
この『赤谷』にも昭和３１年まで学校があった。いたいどの辺りだったのだろうか・・など遠い過去に思いをはせるもその映像は浮かんでこない。わずかに‘石川県立白山ろく民俗資料館’において再現された出作り農家と、その映像と重ね合わせてみるだけだ。


最後に今回‘出作り’について参考にさせていただいた書籍「白山麓・出作り研究-牛首村民の行方：山口隆治著／桂書房」から、白山麓の出作り地にあった牛首関係の学校名を転載しておく。
なお旧白峰村から旧尾口村にかけての谷が牛首谷と呼ばれており、『牛首』というのはそのあたりの地域の総称かと思われる。一方『牛首村』というのは白峰村となる前の村の一つで、行政区分としての呼び名である。


　　　　　　〜出作り地の学校（牛首関係）〜
「赤岩巡回授業所（明治１７年〜昭和４１年）／白峰村赤岩」
「風嵐冬期分校（明治２７年〜昭和４８年）／白峰村風嵐」
「河内谷巡回授業所（明治４１年〜昭和４０年）／白峰村河内谷」
「大道谷巡回授業所（明治４１年〜昭和５２年）／白峰村大道谷」
「明谷巡回授業所（大正６年〜昭和４０年）／白峰村明谷」
「下田原巡回授業所（明治１８年〜昭和５０年）／白峰村下田原」
「赤谷分校（明治４２年〜昭和３１年）／白峰村赤谷」
「東荒谷授業所（大正元年〜昭和４５年）／尾口村東荒谷」
「鴇ヶ谷授業所（大正元年〜昭和４２年）／尾口村鴇ヶ谷」
「鷲巣特別授業所（大正５年〜大正１５年）／鳥越村左礫」
「揚原特別授業所（大正５年〜大正１５年）／鳥越村阿手」
「一本松分校（明治３０年〜昭和４６年）／勝山市一本松」
「小池分教場（明治３８年〜昭和３６年）／大野市小池」
※『白山麓・出作り研究-牛首村民の行方』（山口隆治著：桂書房）より引用

２００６年８月撮影
この白山麓の連なる山々に、かつて厳しい自然と闘いながら出作り生活を営む‘山の民’がいた。その山の民の郷の出作りの地、そこを走る林道が林道赤谷線である。この地のことをもっと知りたい、そんな気持ちで必ず再訪することになるだろう。

【参考資料】
角川書店：「角川日本地名大辞典石川県」
桂書房：「白山麓・出作りの研究−牛首村民の行方」山口隆治著
「石川県立白山ろく民俗資料館」各展示資料

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