牧野道路


〜森林浴とパノラマ風景が堪能できる林道〜


牧野道路(岐阜県高山市)
訪問日:2007年7月


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私がこの牧野道路を初めて訪れたのは1992年の夏、今から15年程前のことになる。ちょうど林道走行に興味を持ち始めた頃で、あちこちの雑誌を読みあさっては「次はどこの林道に行こうかな?」などいつも調べていたものだ。ここを訪れた時は、林道駄吉・青屋線とセットで訪れた。牧野道路は、東側の起点が‘飛騨高山スキー場’の近くで、ちょうど駄吉・青屋線の駄吉林道の南側起点とほぼ同じ位置にある。また西側の起点は『生井』集落の北側あたりとなる。この時はカクレハキャンプ場を出発した後、まず『青屋』方面から林道駄吉・青屋線の青屋林道に入り‘飛騨高山スキー場’あたりで一旦、青屋林道を出て、そして一般道を西に向かって『生井』まで行った。そこから牧野道路の西側起点を入り、これを全線走破した後に駄吉・青屋線の駄吉林道に入って『駄吉』まで走ったのである。当時は全てが未舗装路で、大いにダート気分を味わったものだ。など、まあ文字にしてもわかりにくいので、上の地図を参考にしていただければと思う。


2005年4月
牧野道路の東側起点に向かうには、このスキー場の大きな看板を目印にすればよい。右手に青屋線の起点がある。本線をまっすぐ‘乗鞍青年の家’方向に進むと左手に脇道が見えてくる。そこを入ると起点だ。


この『生井』集落の西側起点、当時これを探すのに大変苦労した。一応事前に雑誌で情報を仕入れていたに関わらず、ずいぶんと起点探しに手間取って、何度も集落あたりを行っては戻ったりでウロウロしていたのを覚えている。そしてようやく「ここか!」という場所にたどり着き、ワクワクして入っていったものの、そこはまるでケモノ道のような荒れよう。まるで山道。道の幅もその頃の愛車ハイラックスサーフ(当時は5ナンバー)でぎりぎりの幅。木々に覆われた道は薄暗くジメジメしている。何とも言えない不安感と緊張感に襲われ続けっぱなしだった。さらに進むと、何と倒木が道をふさいでいる。車の屋根よりも低いところに倒木が覆いかぶさっており、何とか人力で持ち上げ通過したものの、これ以上悪条件が続くなるようなら、すぐにでも引き返そうという状態だった。その頃はナビも何もない時代で、どこを走っているかもわからない。頼りになるのは勘のみという感じで、「本当にこの道が牧野道路なのだろうか」という不安をずっと背負っての走行だった。事前に見た情報誌では、尾根伝いの林道で景観が非常によいということが書かれてあったのだが、なかなかその景観のよいという場所にもたどり着けず、ひたすら不安なままだった。途中支線がありそこへ立ち寄ってみたのだが、そこは山肌を削りたての林道で、たちまち行き止まりとなり、延々とバックで引き返す羽目となる始末。実を言うと当時の牧野道路の印象はこれくらいしか残っていない。あとは東側の起点青屋駄吉林道にたどり着いてホッとしたことくらい‥。美しい景観など全く記憶に無く、私にとっては何ともまあ狭く走りづらいということだけの林道だったのである。


2005年4月撮影
この脇道を入ってゆくと、程なくして起点が見えてくる。

2007年7月撮影
ここが起点。道が二手に分かれ、左に行くと牧野道路、真っ直ぐいくと林道青屋・駄吉線の駄吉林道となる。


そういうわけなのでこの牧野道路に関しては、ずっと印象がよくないままだった。しかしその後も「あの道はどうなったのだろう、ひょっとして廃道になっているのかもしれないなぁ…」などなど私の中ではずっと気になる存在で、いつかはリベンジしてみようという気持ちをずっと持ち続けていた。そして今回15年ぶりのトライとなったのである。前回同様、最初に『青屋』から青屋駄吉林道に入り、‘飛騨高山スキー場’付近で一旦出て、そこから牧野道路に入るというコースである。前回は『生井』集落側からのアプローチで非常に迷ったので、今回は東側の青屋駄吉林道横の起点からアプローチすることにした。15年もの年月は、このあたりの環境をかなり変えており、青屋駄吉林道もすでに半分以上が舗装されてしまって魅力は半減。ひょっとしてこの牧野道路も舗装されてしまっているのかなぁ、などと思ったりもしたが、幸いにもその不安は的中せず、起点からすぐにダートとなっていたのは嬉しい限りだった。ホッと一安心である。


2007年7月撮影
起点付近はこのような感じである。やけに地面の赤い色が目立つ。

2007年7月撮影
程なくして周囲の木々は深くなって、あたりは薄暗くなってゆく。


2007年7月撮影
「地球温暖化について考えたことがありますか?」の看板。独立行政法人産業技術総合研究所が中心になって、何か難しいことを研究しているようだ。詳しいことは現地で看板をご覧下さい。

2007年7月撮影
しばらくはこのような美しい緑のブナ林の風景が続く。実にみずみずしい明るい緑だ。春や秋は、きっとこれの何倍も美しいことだろう。


訪れたこの日の天気は、雨の心配はいらないもののけっこう雲が多く、すっきりしない感じ。そんな中いきなり飛び込んできた牧野道路の風景は、広葉樹たちの木々の美しい緑と濃い土色の路面、そしてそこに映る爽やかな木漏れ日だった。なんともいきなり期待以上の美しさで、持ち続けていた不安も大いに和らぎ、思わず嬉しくなってくる。雑木林には白樺やミズナラなどの、光を通す穏やかな木々たち。その木々にはなぜか木の種類を書いたプレートがつけられていて、それがなんだか微笑ましい。


2007年7月撮影
上も左右も明るい緑。そして黒土の狭い未舗装路の真ん中には、緑のセンターラインが姿を現す。

2007年7月撮影
白く光る木の幹も、‘明るい林’の雰囲気を作り出す大きな要因。杉林のような重苦しい雰囲気はまるで無い。


2007年7月撮影
まるで真ん中の部分だけを残して両側を刈り取ったように残る、緑のセンターライン。

2007年7月撮影
このように木の名前の表示がされているものがあった。何も知らない私のような者にとっては大いに参考になったりする。


路面はワダチの部分がしっかり踏み固められており走りやすい。道の真ん中には雑草が伸びているが、それがかえって緑のセンターラインのようになっており、とても可愛らしい感じがする。杉林の中だと太陽の光が遮られて何とも薄暗く不安な感じがするのだが、こういった雑木林は広葉樹の葉っぱ越しに光を感じることができるので、気持ちもとても明るくなる。本当に心癒やされる風景だ。こういった感じの風景がしばらく続き、私の中ではこれまでの牧野道路の悪い印象はすっかり消えてしまって、どんどん好印象に変わっていくのであった。牧野道路は、今まで持ち続けていた印象とは大きく違い、何とも爽やかで、森林浴のできる林道だったのだ。人間なんて本当にいい加減なものだと、つくづく感じる。道の多少の整備はあったとは思うが、このあたりの景観が大きく変わったとは考えにくい。おそらく何やかんやで、これらの景色を味わう余裕が当時の私にはなかった、ということなのだろう。


2007年7月撮影
木々に覆われていても、杉林と違って明るい雰囲気がする。森林浴ということばがぴったりだ。

2007年7月撮影
上を見上げると、木々の間から適度な日差しが差し込み心地よい。


このような美しい牧野道路、窓を開けて森林の空気を味わいながら走ったらさぞかし素晴らしいだろう、など思ったりもするのだが、残念ながらそれはできなかった。アブである。アブの存在がそれをさせてくれなかったのである。もうその数が尋常ではなかった。この季節の林道ではアブに悩まされることがけっこうある。しかしここのアブの襲来は本当に尋常でなかったのだ。写真を撮ろうと車外に出るや否や多数のアブが襲いかかってくるのだ。大型でスズメバチと間違えそうなやつと、小型のハエのようなやつだ。それらが入り混じってブーンブーンと豪快な羽音をたてて、停車しようとするとたちまちの間に車を取り囲む。車の排気ガスに反応するのだろうか、トロトロと林道を走っているとずっと車を追い続ける。写真ではわからないのだが、実は写真撮影の大部分が、アブの襲来を避けながらの余裕無き写真撮影だった。車を停める直前に少しスピードを速め、アブの群れを引き離す。そしてアブに追いつかれるまでに素早く車外に出て、わずかな時間に撮影する。そして大急ぎで車内に戻る。それの繰り返しだった。撮影中は常にアブに取り囲まれての撮影。何とも慌しい限りだった。それでもこの美しい風景、たとえアブに襲われようとも撮らずにはいられなかったのである。


2007年7月撮影
おなじみアブ。こうして見ると美しいのだが、夏場の林道では何ともやっかいな存在だ。

2007年7月撮影
写真ではわからないが、車の周りは常にアブの群れがつきまとう。そして、車外に出たり入ったりするわずかな隙をみつけて車内に入り込んでくる。


しばらく進むと右手に支線が見えてきた。木々の緑に覆われた中で、ポッと明るいトンネル入り口が見える、そんな感じだった。そこは薄暗い本線とは違い、なんとも明るい雰囲気。先を見ると、上り坂になってすぐにまた下りになっているためなのか、道が途中で途切れているように見える。道の先が全く見えないのだ。そしていかにもその先に何かありそうな感じで、私を誘う。こうなると人間、どうしてもその先が見たくなるもの。迷わずその支線に車を向ける。道幅は狭い上に両側から長く伸びた草が道に覆いかぶさり、さらに狭くなっている。それが愛車のボディーをこすりキィキィと音を立てる。しかし幸いそれもごくわずか、程無く道は広がりその先には広場が見えてきた。杉の植林のための作業林道なのか、広場周辺の山の斜面には可愛らしい杉の木がたくさん植えられていた。


2007年7月撮影
支線を行くと草に覆われ道幅が細くなり、そこを抜けると急にひらけて空が見えてくる。

2007年7月撮影
道の先が全くわからない。この先はどうなっているのだろう‥と思わず期待してしまう風景。


2007年7月撮影
山肌には植林されたばかりの可愛らしい木々。この支線はおそらくこの作業の為のものだろう。

2007年7月撮影
支線はさらに先へ進んでいる。この支線は道の脇は背の低い木ばかりで大変ひらけた感じがする。


2007年7月撮影
道は広場のように広い。そしてさらに進むと‥。

2007年7月撮影
またまた道の先が見えなくなっている。


支線はさらに続いている。その行き先を見ると、先程と同じように道が急に途切れてその先が無いように見える。何か断崖絶壁になっているような、そんな感じさえする。突っ込んで落ちたら困るので、今度は車を降りて小走りでその先を確認しに行った。そしてそこから見えた景色を見て思わずうなる。そこに広がっていたのは広大に連なる山々のパノラマの風景。これ以上ないという見晴らし、視界をさえぎるものは一切無い。本当に文句の付けようの無いすばらしい風景が広がっていた。山々の間の谷には小さな集落も見え、家屋の赤い屋根が緑の風景にアクセントを添える。しばしその風景に見入る。白い雲と青い空、遠くの山にかかる霞、爽やかな風が頬にあたる。後ろを見れば乾いた林道の土とそのわきの雑草の美しい緑、そのすべてが心地よく私を刺激する。このすばらしい支線の風景で、牧野道路の評価がさらにアップする。もう文句なしに五つ星林道に変わっていた。何年か後にはこの辺りの雑草や木々も背が高くなり、景観もかなり変わってしまうのだろうが、今は文句の付けようのない最高の風景を見せてくれている。先程までの雑木林の緑の森林浴から、一気に開放的な穏やかな日光浴の風景。加えて先ほどまで悩まされ続けていたアブも、ここでは全くその姿を見ない。一気にモヤモヤが晴れて爽やかな気分になる、そんな感じがした。もっともっと長くそこにいたかったのだが、時間の関係もあり本線に戻ることにした。おそらく一日中いても私にとっては飽きない風景だったに違いない。今度来る時はここでゆっくりと時間をとろう、と心に決める。


2007年7月撮影
さらに進むと、いよいよこの支線のクライマックスを迎える。

2007年7月撮影
こうして見ると道が途切れて、落ちてしまいそうな感じがする。


2007年7月撮影
行き着いた先は広場。そして見えるのは遠く広がる山々。

2007年7月撮影
残念ながらモヤって視界はイマイチ。しかし周囲の木々が刈られているので、見晴らしは最高だ。


2007年7月
360度とはいわないが、視界を遮るものは何も無い。まさに絶景のパノラマ風景。そういえば後日、林道雑誌を見るとこの場所で林道オヤジたちがキャンプをしている場面が載っていた。


2007年7月
遠くに見える高い山々。これは飛騨山脈の2000〜3000m級の山々だ。残念ながら詳しい山の名は不明だが、方向からいくとおそらく笠ヶ岳、中岳あたりかと思われる


2007年7月
下の方に集落が見える。ここから見るとまさに谷底という感じだ。


2007年7月
山肌には林道が見える。こうして見ると林道は山を切り裂いた傷口という感じがする。


本線に戻ると、先ほどの開けた開放的な風景とは対照的に、木々に覆われて薄暗いながらも木々の緑の葉が美しく広がる風景が待っていた。そうした木々に覆われながらも明るい緑の風景がしばらく続き、標高を下げるにつれて徐々に植生が変わって、やがて普通の薄暗い林道の風景に変わってゆく。道幅は大部分が一車線だが、道そのものは荒れていないので走りやすい。対向車でも現れたら何十mとバックしなければならない状況だったが、結局一台の車とも出合うことはなかった。前回走った時からは15年もの年月。あれから道も整備されたのだろう、結局あの頃の強い印象のケモノ道状態にも出合うことは無かった。ホッとするような、残念なようなちょっと微妙な感じがする。


2007年7月撮影
本線に戻ると、また元の‘森林浴’の風景に戻る。本当に支線とは対照的な風景だ。

2007年7月撮影
所々に見える木漏れ日が美しい。やはり光が見えると雰囲気はガラリと変わる。


2007年7月撮影
このあたりも道は走りやすい。しかし段々と周囲の木々の雰囲気は変わってきている。

2007年7月撮影
このような道路標識があるということは、以前はけっこう車の‘道’として使われていたのだろう。


途中草に覆われ車幅ぎりぎりの所などもあったが、それ程苦労することも無く順調に進み、やがて西側の起点にたどり着く。そこには見覚えあるの多くのビニールハウスの風景が広がっていた。何を栽培しているのかはわからないがこのビニールハウスの風景、そういえば15年前の時にも見たなぁ、その時はこの風景を目指してあちこちをさ迷ったなぁ、など思い出す。支線の印象が余りにも強烈だったために、後半は淡々と走った牧野道路であったが、こちら側の起点の風景もけっこう印象的なものがある。しかしやはりこの西側の起点から入ろうとするなら、きっと迷ってしまうだろう‥など考えると、次の訪問も東側起点から入ったほうが無難かな、など思う。空を見るとたくさんのツバメが飛び交う。ふと今回の林道走行を振り返る。そういえば道中には可愛らしい色とりどりの花も咲いていたなぁ、前回の訪問時にはこういうものを味わう余裕は無かったなぁ、など感じたりもする。


2007年7月撮影
長く延びた雑草が道幅を狭くする。それでも空が広く見えるので閉鎖感は感じない。

2007年7月撮影
軽でギリギリという感じ。3ナンバー車なら車の側面を草がこすり、ヘアライン状の傷がしっかりとつくことになる。


2007年7月撮影
周囲の木がこのような雰囲気になると、西側起点はもうすぐ近く。

2007年7月撮影
で、舗装路が見えて牧野道路は終了。以前走った時の‘獣道状態’は結局見ることができなかった。


2007年7月撮影
そして見えてくるのがビニールハウス。なんだかとても懐かしい東側起点の風景。

2007年7月撮影
15年前はこちら側から入った。その時、このビニールハウスを探して迷ったものだ。


15年という時を隔てた中での二度の訪問、それぞれ全く違った印象を感じた牧野道路だった。岐阜県の飛騨地方に訪れた際は是非ともこの牧野道路に訪れることをお勧めする。青屋から‘飛騨高山スキー場’までの青屋駄吉林道とセットにすると、飛騨のダート林道と山々の風景を楽しめることは間違いない。もっというなら青屋駄吉林道起点にある、自然いっぱいの‘カクレハオートキャンプ場’を基地としての飛騨の林道探索など、24時間どっぷりと自然に浸ることができ、自然派にとっては最高の時間が過ごせるのではないだろうか。紅葉の季節などに訪れると、もう最高だろう。私自身も、ぜひとも実現させたい、など思ってしまうのである。あとは徐々に舗装が進んでいる青屋駄吉林道が今の形でいてくれるのを願うだけである。


2007年7月撮影
林道に咲く花。林道では多くの植物に出合う。これは林道走行の楽しみの一つである。

2007年7月撮影
林道途中の道端に咲いていた‘ねじ花’。小さくて美しい花だ。舗装されてしまうとこういった花の多くは姿を消すことになるだろう。


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